花火大会の話

「貴様らには感謝せねばなるまい」
「何を? あ、うまく行ったのか、やっと?」
「ああそうだ。これで付き合ってもいないのに嫉妬深いだの独占欲の塊だの言えなくなるだろう」
「付き合ってもいないって部分が消えるだけで、嫉妬深いのと独占欲の塊なのは変わらねえじゃねえか」
 この間のダブルデートの話だ、と宇髄が補足した。良くわかっていなかった錆兎はああ、と納得して頷いた。
 食堂に集まっていた隣のクラスの義勇たちを見かけ、錆兎はその輪の中に混ざることにした。夏休みの予定を立てると宇髄がはしゃいでいるが、三年である自分たちは受験のことを考えねばならないのに余裕だな、と感心する。それを伝えると、最後だからこそこうして企画を立ててやろうとしているのだと宇髄は言った。
「お前ら本当に恋愛音痴どもばかりだからな。いや苦労したぜ」
「放っておけば良いだろう。人には人のペースがある」
「そりゃ俺だって放っときたかったんだがな。でも見てるとこうざわざわするんだよ。最近は冨岡と胡蝶の初々しさを楽しんでる」
「楽しんでるんじゃないか」
 人の恋路を楽しむなんて悪趣味な。そう口にすると宇髄はあくどい笑みを見せた。宇髄は悪い奴ではないくせに、悪人のような顔をすることがある。
「いやあ、俺にはない初々しさだからな」
「冨岡の幼稚園児並みの恋愛を観察して何が楽しいんだ」
「俺は幼稚園児じゃない」
「はーん。じゃ伊黒はもう甘露寺と行くところまで行ってるわけだな。やることが早いねえ、健全だな」
「甘露寺を俗世のあばずれ共と一緒にするな! それ以上汚れた妄想をすることは許さん」
「これだよ。こいつはこいつで甘露寺に夢見すぎなんだよな。全然健全じゃねえし」
 射殺しそうな視線を宇髄に向けていたが、落ち着いたのか伊黒は溜息を吐いてコップに口をつけた。
「で、今度花火大会あるだろ。お前ら行ってこいよちゃんと」
「わかった」
 素直に頷いた義勇は、胡蝶に付き纏う男対策として宇髄の提案を律儀に守っているようだった。義勇と三年間同じクラスである宇髄は、過激なところもあるが基本的には良い奴だ。宇髄なりに心配していることはわかる。
 実際宇髄の提案したことを二人なりに実践した結果、思惑通り大層落ち込んだ男は胡蝶に近づかなくなったそうだ。もう宇髄の言うことを聞かなくても良いのだが、新たな輩が現れるかも知れないと丸め込まれ今に至る。
「花火大会か。そういえば真菰もそんなことを言っていたな」
「あ、四人で行くわけ? 別に良いけどそれじゃいつものお友達メンバーじゃん。面白みがねえな」
「面白みとは何だ。この間だって四人だったんだろう」
「あれは甘露寺のためでもあった」
「何だと?」
 義勇の言葉に伊黒が反応する。口を噤んだ義勇は、どうやら言わなくて良いことを口にしてしまったらしい。言葉が足りないと注意を受けることが良くあるが、選び方も少々下手だ。
「貴様何を知っている? まさか甘露寺を巻き込んで何か企んでいたのか」
「まあまあ、お前さっきまで俺らに感謝してたじゃねえか」
「詳しく聞くまで保留だ」
 義勇とはとことんそりが合わないらしく、伊黒は必死に聞き出そうとしているが、義勇はもう話す気がないようだった。ひっそりとスマートフォンを手に取り何か操作をしている。きっと口が滑ったことを胡蝶に謝っているのだろう。
「甘露寺の連絡先など入っていないだろうな!」
「連絡先は知らない」
 伊黒が並々ならぬ想いを甘露寺へ向けていることは知っている。そこまで好きになれる相手がいることは素直に素晴らしいことだと思うが、錆兎の身近な友人である義勇は嫉妬というものを殆ど見せない。人によってこれほど違いがあるのかとある意味感心してしまう。
「……甘露寺がお前に告白したくて相談を受けていた。胡蝶が」
 スマートフォンを見ながら義勇が呟いた。見ているのは胡蝶からの返信だろう。伝え方が書いてあるのかも知れない。気づいたらしい宇髄は肩を震わせて笑いを堪えていた。
「貴様もその場にいたわけだな」
「そこは容赦しろよ」
 もう成功した後だし。確かに、終わったことに怒るほど無駄なことはないだろう。悔しいのか嬉しいのかよく分からない表情をした伊黒は、宇髄の言葉に溜息を吐いた。
「全く、貴様の言葉選びには毎度腹が立つ。だが甘露寺と胡蝶に免じて今日のところは感謝しといてやる」
「わかった」
 何とかその場が収まり、各々昼食を取りながら世間話に興じる。
 花火大会。毎年地元の祭りには行っているが、何百発程度の小さな規模のものだ。宇髄が言っているのは万を超える花火を上げる大規模なものだった。人混みが凄いので行こうという気にならなかったが、圧巻の花火は一度は見てみたいとも思う。一日の息抜きくらいなら問題ないだろう。真菰が行きたいと言うなら断る理由は錆兎にはなかった。せっかくだし浴衣でも着てくれば、きっと可愛いだろうと思うが。

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