同窓会

 同窓会のお知らせと明記された葉書には、卒業生の年齢を問わず出席を促す内容が書かれていた。
 社会人にもなると友人同士の集まりですらなかなか日を合わせることが難しい。何人出席するのかは知らないが、卒業時期を不問にしてようやく席が埋まるくらいなのかもしれない。
「そういえばうちの女子校も来てましたね」
 知り合いが行くなら考えようかとしのぶが呟いた。小中高とエスカレーターだったのだから、義勇の通っていた高校よりも知り合いと会う可能性は高いだろうが、しのぶの言う知り合いとは甘露寺や後輩のような、好んで会話をしていた人物ということだろう。
「行くならちゃんと指輪して行ってくださいね」
 今更変なことに巻き込まれないでくださいよ。まるで巻き込まれたことがあるかのような言い方をした。同窓会に一体何が待っていると思っているのか。
「宇髄と錆兎は行くらしい」
「いつもの顔ぶれですね。だったら安心ですけど」
「俺に心配は必要ない」
「あなたがそうでも周りはそう思わないんですよ」
 家族以外に幼馴染も心配性を発揮していた頃があったが、ここにもう一人心配性が増えている。どう考えてもまずはしのぶ自身を心配すべきだろうに、彼女の言うことはたまにわからなかった。
「知ってます? 既婚男性ってモテるんですって。落ち着きとか包容力とか、とにかく独身男性より圧倒的に魅力的に見えるそうです。そりゃもうモテモテです」
「知らない。俺はモテてない」
「今年のバレンタインは如何でしたか?」
「フロアの全員に配っていたものを貰った」
「さすがに個別で渡してくる猛者はいませんか」
 安心しましたと笑みを向けるものの、あまり機嫌は良くないように見えた。また何か会社で言われたのかもしれないが、そんな話は聞いていない。
「迎えに行ってあげましょうか。車出しますよ」
「いらない。走って帰る」
「ふふっ……そうですか。じゃあ卒業式の時みたいに逃げきってください」
「わかった」
 何が面白かったのかわからないが、吹き出したのを誤魔化すようにしのぶは義勇へ言葉をかけた。卒業式のように囲まれることなどもうないと思うが、しのぶが納得するならと義勇は口にせず頷いた。

「それで俺のそばから離れないわけね。胡蝶もまた何か変わってきたな。昔は俺だけがライバルだとか言ってたのに」
「胡蝶本人がそばにいればそんな心配は無用だろう。俺とて女子校だから同窓会は一人で行かせるが、共学ならばついて行くところだ」
「それはやり過ぎ」
 ホテルの宴会場を借り、同窓会には思っていたよりも多くの卒業生が集まっていた。年配の男女や成人したばかりに見えるような青年、年齢層はやはりばらばらである。
 伊黒は相変わらず甘露寺のことを溺愛していると宇髄がげんなりと呟いた。仲が良くていいと思うと答えると、滅多に同意しない伊黒が珍しく義勇の言葉を肯定する。
「貴様のところも相変わらずのようだな」
「お前らはどっちも熟年になっても変わらなさそうだなあ」
「よォ、何か凄え大掛かりな同窓会だなァ」
 声をかけてきたのは最近良く顔を合わせる不死川だった。宇髄と伊黒へ挨拶をした後、向こうに村田がいたと義勇へ伝えてきた。会社で毎日見かけてはいるが、後で挨拶でもしておこうと考えながら上着のポケットを探り、目当てのものを取り出した。
「不死川が来ていたら渡してくれと頼まれた」
「はァ? ……ああ、腕時計。どこでなくしたかと思ってたわ。悪いなァ」
「何だ、お前ら仲良いな。普通腕時計なんか置いてかねえだろ」
 お泊りでもしてたのかよ。宇髄の言葉に伊黒がじとりと不死川へと視線を向けた。不死川は義勇と同時に宇髄へと目を向けたらしく、不審そうに何だよとこちらへ問いかけている。
「……あー、」
 言いにくそうに不死川が唸った時、宇髄が疑問符を頭に掲げたのがわかった。
「結婚することになったんだけどよォ、」
「何だよ、そういうことは早く言えよ! 派手にめでたい話じゃねえか。そういや何か色々聞かれたことあったな、そん時の子か?」
「あー、まァ……」
「何その煮え切らない感じ。別に違っても驚かねえけど、相手知らねえし」
「不死川、こいつに言っていなかったのか」
「あ? 何だよ伊黒は知ってんのか。俺も知ってる相手?」
 少しの沈黙が下りる。やがて義勇の肩を掴んで小さく答えた。普段の不死川からは考えられないほど小さな声で。
「……こいつの嫁の姉ちゃんだよ」
 人間心の底から驚くと、声を漏らすことすらできないらしい。
 とにかく驚いて石のように固まっている宇髄からは、驚嘆の声すら聞こえてこなかった。
「……っなんで言わねえんだよ!」
「会わなかったから……」
「冨岡みてえな言い訳してんじゃねえぞ!」
 宇髄の言葉に思わず心外だと口にすると、うるさいと怒鳴られてしまった。誰が知っているのかと問いかける宇髄に煉獄の名を挙げ、錆兎と真菰は会っていなかったため何も伝えていないと不死川は答えた。
「はあ。お前ね、アドバイスしてやった俺に借りがあるだろ。冨岡より先に言うべきだろうがよ」
「冨岡へは俺が言ったんじゃねェよ」
「んなのどうだって良いんだよ。要は報告をしろって言ってんだ。報連相は大事だぜ社会人」
「……悪かったよォ」
 不死川の謝罪で気が済んだのか、宇髄はようやく感心したような声を漏らした。会社では高嶺の花のような扱いを受けるカナエを不死川が射止めたと知らされた社内では、相当衝撃を喰らっていたらしい。
「まあお前凶悪面だもん、仕方ねえよな」
「うるせえなァ」
「貴様は悪い奴ではないが、誤解は受けやすい。胡蝶の両親がわかってくれて良かったな」
「だいぶ聞かれた。不死川がどんな人間か」
 不死川が胡蝶家に挨拶に来た時、両親はかなり驚いていたようだった。話してみると落ち着いていて良く気遣いができ、悪い人間ではなさそうだと思ったらしいのだが、それでも気になったのか義勇にそれとなく聞いてきたのだ。義勇の友人だということをカナエから聞いたと言っていた。
「不死川は優しいから、義兄さんと呼ぶような間柄になってもうまくやれると思う」
「それ言ったわけ?」
「ああ」
「義兄さんとか言うなや、気持ち悪ィ」
 ありがとよォ。やけくそのような礼を告げられ、義勇はふふんと笑みを見せた。高校の友人がもうすぐ親族になるのは少し不思議な気分だった。
「まあ良かったじゃねえか。どうせお前も冨岡マスターになるんだろ。既に大学で保護者になってたわけだし」
「何で俺の結婚でこいつの世話の話になんだよォ」
「年末年始は義母の実家に行ったんだが、かなり根掘り葉掘り聞かれた」
 義勇たちの結婚式には義父母の両親や兄弟、しのぶの従姉妹に当たるカナヲも招待してはいたものの、あまり話す時間はなかった。そのせいか義勇としのぶはひたすら囲まれて質問攻めに合うことになったのだが、殆どしのぶがあしらっていたので義勇自身はさほど口を挟んだ覚えはない。
 冨岡家の祖父母は物心つく前に鬼籍に入っていた上、血の繋がった親族は鱗滝夫妻のみだったため、親族だけの集まりがあれほど賑やかになったことはなかった。
 それはそれで楽しく眺めていたが、しのぶをかなり疲れさせてしまい今年の年末は行きたくないとげんなりしていたのを思い出した。
「お前不死川にその質問攻めにされる役押し付けようとしてない?」
「俺は喋るのが苦手だ」
「そこは頑張りどころではないのか。貴様の義実家だろう」
「不死川の義実家でもあるけどな」
 宇髄の言葉にぐっと詰まり、不死川は溜息を吐いた。恐らく顔を見せたのが初回だからだとは思うので、どちらにしろ質問攻めは不死川も喰らうことになるだろう。
「まあでも仲良くやってるみたいで良いじゃねえか。ようやく俺も冨岡マスターお役御免ってとこか」
「何で俺が受け継ぐみたいな話になってんだァ」
「もう冨岡の話は良いだろう。式はいつなんだ」
「来年。住所教えといてくれや」
「冨岡は親族席に座るわけだな」
 義勇たちの結婚式で不死川は友人として出席した。何だか感慨深いような気がしてしまう。
 どうやら不死川も思うところがあるらしく、歯切れの悪い相槌を打った。
「皆来ていたのだな!」
「よお煉獄。久しぶりだな」
 声をかけてきた煉獄は相変わらず溌剌としていて元気が良い。先程まで剣道部の後輩たちに捕まっていたのだと口にした。
「伊黒と不死川とはたまに会っていたが、宇髄と冨岡は伊黒の結婚式以来だな。二人とも奥方とは仲良くしているか」
「ああ」
「おー。うちも相変わらずだぜ」
「それは何よりだ。先程あちらで錆兎たちを見かけたぞ」
 どうやら錆兎たちも既に会場にいるらしく、他の友人と談笑しているのを煉獄は見たようだ。
「不死川の結婚も聞いたんだって?」
「ああ、胡蝶の姉君とのことだな。伊黒と三人で会った時に聞いている。勿論式には出席するぞ!」
 めでたいことだと煉獄は笑った。不死川の他にも煉獄の周りでは結婚ラッシュらしく、今年一年で三回ほど出席しているのだと言った。
「お前はどうなんだよ、好い仲の相手いねえのか」
「いないな! 仕事が楽しくてそれどころではない」
「おばさんが心配すんじゃねえの? 杏寿郎がまだ結婚しないってさ」
「半人前の身分で結婚はまだ考えられないと言ってはいるんだが、最近母が見合いを勧めてきてな」
 良家の子息である煉獄の母親ならば、息子の結婚相手も気になるのだろう。つつかれていること自体は理解を示しているものの、煉獄は今仕事を最優先にしたいのだと言う。
「煉獄が半人前ということはないが、結婚に興味がないのなら無理に見合いなどする必要はあるまい」
「そうか。だが母の心配も理解はしている。興味がないわけではないしな」
「へえ。お前んとこの両親仲良いもんな。おしどり夫婦で正に理想の夫婦って感じじゃねえか?」
「ありがとう。昔は仲が良すぎて困ったこともあるが、今は微笑ましいくらいだ。二人のような夫婦になれる相手がいれば良いのだが。まあ俺自身はさほど焦ってはいない」
 昔ならいざ知らず、今の時代独身を謳歌する者も多いと聞く。煉獄ならば放っておいても向こうからわんさと寄ってくるだろうが、独身を貫くのも煉獄らしい気もする。両親はきっと孫の顔が見たいのだろうが。
「見合いに飽きたら言えよ。紹介してやるからな」
「飽きるほど見合いをする気はないのだが……覚えておこう」
 面倒見も良く顔の広い煉獄は、今度は年上の数人に呼ばれその場を離れていった。

*

「どう、向こうにいたイケメンたちは」
「駄目。指輪してるわ結婚の話してるわ仕事が恋人だわで、やっぱ良い男は既に相手がいるのばっかよ」
「仕事が恋人は狙い目なんじゃないの?」
 ふと聞こえた女性の会話の内容に、思わず顔を上げて辺りを見渡した。
 同窓会は老若男女集まっており、会場も広く知り合いを見つけるのに苦労した。妹の禰豆子と一緒にここへ訪れたのだが、友人と合流してからは会話をしていて他に挨拶をしていなかった。
「無一郎くん、他に知り合い見つけた?」
「ううん、人が多くて諦めたよ。炭治郎たち見つけたからもう良いかなって」
「義勇さんたち来るって言ってたんだけどなあ。玄弥は?」
「兄貴なら見かけたけど」
 禰豆子は仲の良かった女の子を見つけたらしく、カナヲを連れてそちらで話が盛り上がっているようだ。義勇たちとは道場で顔を合わせているので久しぶりというわけではない。見つからなければ仕方ないと諦めることにした。
「同窓会ってこんな人集まるんだね。思ってたより人が多くてびっくりしたよ」
「そうだね。年上の人も多いし、卒業したばかりの子たちもいるみたいだ」
「そりゃ知り合いも見つからないな」
 善逸は禰豆子を追って消えてしまったし、伊之助は食べることに夢中になっている。無一郎はしげしげと周りを見渡しているが、何かに興味を惹かれたわけでもないようだった。
「あ、炭治郎!」
 呼ばれた先へ振り向くと、見つからないとがっかりしていた相手が二人近寄ってくるのが見えた。
「錆兎さん、真菰さん」
 ようやく見つかったとほっとして、炭治郎たちは二人に挨拶を返した。義勇は既に会場に到着して友人と一緒にいるらしく、スマートフォンを眺めながら錆兎が言った。
「あっちで煉獄の弟と会ったぞ」
「千寿郎くんも来てるんですね。てことは煉獄さんもいるのかな」
「煉獄さん来てるなら挨拶しなきゃ」
 剣道部に所属していた無一郎は、同時期に剣道部だった千寿郎や、OBである煉獄とも面識がある。煉獄なら剣道部の後輩に囲まれていたところを見たと錆兎が口にした。
「不死川は見当たらなかったが、あいつは義勇と一緒にいるみたいだな」
「ううん。目印が欲しいな」
 炭治郎たちが入学した時には彼らは既に卒業した後だったが、煉獄は時折剣道部に顔を出しては部員たちをしごいていたと聞いている。厳しくて嫌だと言う部員もいたが、無一郎自身は慕っているようだった。
「あっ、あの号外の人だ!」
 背後から叫ばれ炭治郎は振り向いた。まだ成人前に見える男女二人がこちらへ人差し指を向けており、どうやらそれは錆兎を指しているようだ。
「ほら、あの公開告白の人じゃん!」
 思い当たる節があり、炭治郎はあ、と声を漏らす。同時に錆兎が思いきり咳き込んだ。何かを感じたのか真菰は顔を顰めてえ、と呟いた。
「……あー、あれ……」
「ああ、あれかあ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。何で皆訳知り顔なの?」
 不安そうな顔を炭治郎たちに見せて真菰は問いただしてくる。嫌な予感がする、と錆兎を睨んでいるが、錆兎に教えたのは紛れもなく炭治郎だったので少し居心地が悪い。
「卒業式の日の公開告白に成功した人! ヤバイ、本人いた!」
 あんぐりと口を開けた真菰の顔は真っ赤に染まった。りんご、茹でダコ、トマト、赤いものを連想しながら錆兎へと目を向けると、額に手を当てて眉間に皺を寄せていた。炭治郎がその話をしたのは何年も前のことだ。忘れていても不思議はない。
「な、な、何で?」
「……すまん、真菰」
 在校時期も被っていないような者たちからの言葉に対して、何故知っているのかと聞きたいのだろうと察した。あまりの羞恥にうまく舌が回らないようだ。錆兎はまず謝りながら真菰を宥めようとしていた。
「写真に撮られて記事を書かれていたんだ」
 許可を取りに来ていたら間違いなく不可を叩きつけていただろうが、学校内のことだからと深く考えなかったのかもしれない。今更後の祭りではあるが、せめて一言伝えるべきだっただろう。
 この話題を封印してから炭治郎は約束通り一度も口にしなかったし、何なら今ようやく思い出したくらいである。まさか誰かもわからない、何期生かも知らない卒業生から伝わるなどとは思ってもいなかった。
「……だから言ったのにい……」
「すまん。こんなずっと語り継がれるとは思っていなかった」
 新聞部には今後記事を公開しないよう直談判してくる。その言葉に道場での錆兎を知っている身としては、手を出してしまいそうではらはらする。
「手荒なことはしないでくださいね」
「炭治郎が言うの?」
 呆れたような声音で無一郎からの突っ込みが入り、少々身に覚えのある炭治郎はう、と黙り込んだ。
「何か面白え話してんなあ。その新聞ここにはねえの?」
 錆兎の背後から急に現れた大柄の男性の後ろには探していた義勇の姿があった。そばには玄弥の兄もいる。
「あるわけないだろう。原本は燃やしてくるから二度と見ることはない」
「あっ、やっぱり乱暴なことをしようとしてますね!」
「今更遅いよ! こんなの知ってたら同窓会なんて来なかったのに」
 真菰は目立ちたがりではないけれど、目立つこと自体を嫌うような性格もしていない。身体能力を活かした何かをする時は容赦なく目立つし、それを楽しんでもいたと思う。自分の与り知らぬところで噂が出回っているのが恥ずかしいのだろう。
「義勇! 今日泊まっていいかしのぶちゃんに聞いてくれない?」
「……わかった」
 ちらりと錆兎を気にしながら、義勇はスマートフォンを手に取った。何やらショックを受けている錆兎を無視して真菰が騒ぐ。あの記事を知っている者たちが、別れ話か痴話喧嘩かとはらはらしながら見守っていた。
 ぷんすかと怒る真菰を苦々しく眺めながら、錆兎は何とか真菰の機嫌を取っている。普段の男らしい錆兎からは信じられないような姿だが、二人が仲違いするなど微塵も思っていない炭治郎としては、真菰が怒っているにも関わらず微笑ましい気分にもなった。
「迎えに来るそうだ。俺は錆兎の家に泊まる」
「えーっ、しのぶちゃんと久々に女子会していいの? やった! ありがとう義勇!」
 先程までの不機嫌はどこへやら、真菰はしのぶとの逢瀬に機嫌はすっかり治ったらしい。錆兎は置いてけぼりを喰らったような顔をしていた。

*

「お久しぶりです、皆さん」
 宴会場を出てロビーで待っているとしのぶは現れた。周辺にはまだ同窓会参加者たちがまばらにおり、しのぶを見かけた男性陣の視線が集中するのがわかった。
「しのぶちゃん!」
「よお、元気そうだな」
「おかげさまで。わ、真菰さんどうしたんです?」
 突進してきた真菰をふらつきながらも受け止め、しのぶはちらりと義勇を見つめた。義勇は受けた視線を誘導するようにソファで項垂れている錆兎へ向けた。
「え? 本当にどうしたんです? 錆兎さんが落ち込んでるの初めて見ましたけど」
「それがよお、元新聞部が歴代の記事の写しを持ってきてやがってな」
 超ファインプレーだった、記念にコピーさせてもらった。楽しそうな宇髄に真菰がふくれっ面を見せた。一体何事かとしのぶは用紙へ目を向ける。
「……あ、あらあら」
 まあまあまあ。口元を押さえてしのぶは目を輝かせた。卒業式の錆兎と真菰、そして何故か幼馴染三人が笑い合う写真の載った学校新聞である。
「これはこれは。わあ素敵。私にもコピーいただけませんか?」
「なんでよー! しのぶちゃんの裏切り者!」
「おー、他に欲しいやついねえの? ついでに刷ってきてやるよ」
「やめてよ! 鬼、悪魔!」
「けどほら、お前らよりもっと前に公開告白した奴らいたとかいうじゃん。思いっきり記事にされてただろ、伝統行事なんだよ。しかも未だにおしどり夫婦ときた」
 これはもはや家内安全、恋愛成就のお守りともいえる。
 そうだろうかと疑問を持ったものの、告白が成功しているわけなので、ご利益があるように見えるのは確かだった。真剣に言いくるめようとする宇髄の顔を不貞腐れた真菰が見つめる。
「あの世代は皆お守り代わりに記事保管してたっていう話だぜ。だからか知らねえが離婚率は低い」
「またそんな適当ばっか……まあ、確かにただの若気の至りだし。でも友達以外には配るのやめてよね」
「了解。とりあえず不死川には渡しといてやるよ」
 いつまでも膨れているわけにもいかないと感じたのか、真菰は記事の原本を目にした時より落ち着いていた。自分も写っているのが少々複雑だが、メインは錆兎と真菰なので文句は言うわけにもいかなかった。
「しのぶちゃんと会うの久々だから楽しみだね。高校に戻ったみたい」
「同窓会ですから、懐かしい気分になりますよね」
 すでに立ち直ったらしい真菰はうきうきとこの後のことを話している。錆兎へ視線を向けると、項垂れていた頭を上げて真菰を眺めていた。
 義勇の目にも珍しい錆兎の様子は、何だか微笑ましく感じてつい口元を綻ばせた。

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